9月16日、太台本屋 tai-tai books小吃部の第2回イベント台湾美食散文を読んで、台湾おやつを作ろう 第2回 綠豆椪(台湾式月餅)」を開催しました(イベントの様子はこちら)。

 イベント内で、エリー店長がその一部を朗読した、台湾の美食散文家・焦桐の散文集
『味道福爾摩沙(味わいフォルモサ)』より、綠豆椪の日本語訳を掲載します。
 (写真は太台本屋 tai-tai booksスタッフ撮影のものです)
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 緑豆椪は、中秋に食べる台湾式月餅の一種だ。子供の頃、月餅と言えば緑豆椪のことだった。大人になってからも、良い月餅とは、緑豆椪のようにごく淡い甘さ、あるいは、軽い塩味の中にわずかに甘いものだと思っている。緑豆椪は、数ある月餅の中でも最も満月に似ている。雪のように白く、ふっくら丸いパイ生地の皮。中身は明るい黄色の緑豆餡だ。
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 緑豆椪を焼くのは簡単ではない。皮のさくさく感を出すのはもちろん、一般的なパイ菓子は黄金色に焼き色を付けるのと違い、緑豆椪は皮の白さを保つため、オーブンの温度を厳密に調整しなければならない。そして、私のような台湾っ子の月餅の好みで言えば、皮はやはりラードを使ってこそ美味しい。

 美味しい緑豆椪は、まずは質の良い皮むき緑豆を厳選することが大事だ。香ばしくてきめ細かい緑豆餡に煮て、天然の酥油(訳注:バターのようなもの)を加える。爽やかな緑豆の香りを放ち、豆の粒が残りながらも、口に入れるとさっと溶けてしまう。さらに、餡に加える揚げタマネギフレークは必ず揚げたてのものを使い、油臭さが出ないようにする。


 「郭元益」や「舊振南」などの店が、私の前半生20年における緑豆椪の好みをほぼ決定づけた。舊振南の前身は「正利軒餅店」という。1890年に台南で創業し、その後、高雄に移った。ここ数年もますます売れ行きを伸ばし、新幹線の駅にも売り場を出している。ここの緑豆椪には、李白、蘇東坡、椎茸、黄身の4種がある。李白は緑豆餡のみ、蘇東坡は旨煮の肉を入れたもの。遊び心のある命名だ。

 一般的には、緑豆椪には揚げタマネギフレークを加える。それはまるで、ブラームスが「ハンガリー舞曲」の中にジプシー音楽の旋律を加えたように、淡泊な緑豆餡に、変化に富んだ味わいと、ある種の熱い情熱をもたらしている。この百年来、数知れぬ菓子職人たちがひたすらに緑豆椪を研究し、工夫し、そして発展させてきた。

 台中は“糕餅(菓子)の故郷”と言われているが、特に豊原地区は「餅窟」と呼ばれるほど、名店が林立している。南陽路の「德發餅行」、中正路の「雪花齋」「老雪花齋」などだ。老雪花齋の「雪花餅」は、片面だけを焼いたもので、一枚一枚の薄い層を重ねた皮は、雪のように白く、ぽっこりとしている。中の緑豆餡はとても色が淡く、口当たりもさらっとしている。同じく中正路には「聯翔餅店」「寶泉食品」もある。寶泉の小月餅は、私のような血糖値の高い太っちょへの心遣いが嬉しい。私がこれを好きなのは、餡が白餡だからというのもあるが、大きさが小ぶりなところが気に入っているのだ。白餡も緑豆餡も、丁寧に作られたものはどちらも美味しい。

 「裕珍馨」は大甲の媽祖廟の脇にある。菓子も美味だが建築も美しい。近年は各種の文化イベントにも力を入れ、菓子作りの技術を宗教や文化と結合させた、大甲の見どころの一つとなっている。鎮瀾宮(訳注:大甲の媽祖廟のこと)に参拝して、裕珍馨で土産を買わなければ、大甲に行った甲斐がないというものだ。

 素(訳注:素食。仏教式ベジタリアン。動物性のもの、ニンニクやネギなどの匂いの強いものを使わない)の緑豆椪専門店と言えば、社口にある「朱記素餅」が有名だ。この店では、ラードの代わりに落花生油とカナダ産のなたね油を、肉や揚げタマネギの代わりに椎茸や豆などを使っている。他にも「香菇彩頭酥(椎茸大根パイ)」は、千切りの大根と椎茸を緑豆に配したもので、これも称賛に値する美味さだ。美味しくて、媽祖廟へ参拝する人も食べられるように作られている。ここの緑豆椪は、人が食べて美味しいだけでなく、神様をも幸せにしてくれる。(訳注:媽祖廟に参拝する前後には、神様に誠意を示すため、素食をする決まりがある)

 「犁記餅店」も、本店の隣に、素食緑豆椪専門の店を出した。「犁記餅店」は、張林犁さんが1894年に創業した、台湾中部で最も古い菓子店だ。現在は「社口犁記餅店本店」という長ったらしい店名になっている。生産直売、全世界でこの緑豆椪を売っているのは唯一この本店だけで、他の支店や販売所は一切ないことをうたっている(訳注:台北の「犁記餅店」はこの店の支店ではないそうだ)。緑豆椪は「犁記」の看板商品で、確かな製菓技術で手作りされ、形もさまざま。皮は薄く、中には餡が見えているものもあり、炎のように情熱的な、魅力たっぷりの表情をしている。

 犁記は「昔ながらの製法」にこだわり、誠実に、丁寧に、まじめに緑豆椪を作って早や四代目だ。現在に至るまで、古風な松材の蒸籠で緑豆を蒸し、皮の両面に焼き目を付けるやり方を守っている。人工香料や膨張剤は一切使わず、緑豆餡は口当たりが爽やかで、軽く、口どけが良く、皮は脆くほろっと崩れる。犁記本店は中山高速道路の豊原ジャンクションの近くにある。車でこの辺りを通りかかる時はいつも、社口派出所わきのこの老舗を素通りすることができず、つい寄り道して、緑豆椪を買ってしまうのである。


 緑豆椪の本場は台中であるが、台北の人も、悔しがって自暴自棄になる必要はない。永和に「王師父餅舗」があるじゃないか。王師父の緑豆椪「金月娘」は、ラード臭さが全くなく、甘さとしょっぱさの融合が心地よい。台湾の政治家はもっとここの緑豆椪を食べて、異なる派閥を心地よく融合させるやり方を学んだ方が良い。ある年、勤め先の学校の謝恩会で、卒業生が教師に王師父の緑豆椪「金月娘」を一箱ずつ贈ってくれたことがあった。謝恩会に出るのは苦手で、この年も宴席で何が出たか全く覚えていないが、金月娘の箱を下げて帰る時の楽しい気持ちだけは覚えている。

 『辭源』『辭海』『中文大辭典』『漢語大詞典』などの辞書で探してみたが、緑豆椪の「椪」の字は見つからなかった。『光韻』『集韻』のような韻書(訳注:古代の辞書)にも、『康熙字典』にも載っていない。僅かに、1950年に出版された台湾語字典『彙音寶鑑』に「椪柑(ぽんかん)」「椪鬆(ふわふわ)」の項目として登場する。もともと中国語に無い字なのだ。「ポン」と発音し、「膨張する」という意味だということから推測すると、閩南語から派生して新しく作られた字なのだろう。緑豆椪は、またの名を「緑豆凸(リュイドウトゥー)」とも言うが、「椪」も「凸」も、膨らんで出っぱっている形のことを表現する漢字だ。だから、緑豆椪はもともと「緑豆膨」と書くのが正しいのだと思うが、みんな習慣的に「膨」を「椪」で代用したのだろう。

 緑豆椪はすてきな茶菓子だ。朝でも午後でも、濃いめのお茶を淹れて、緑豆椪をつまみながら、読書したり、音楽を聞いたりするといい。生活の中の穏やかさを感じ、人生の美しさに感謝することになるだろう。
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 食べ物は、人生と同じで、常に少しずつ手直しが加えられていくものだ。昔の緑豆椪は、緑豆餡に脂身の肉を加えていた。最近では、脂っこくない赤身肉に代わり、緑豆餡に加える砂糖もだいぶ控えめになって、現代人の健康志向に合うものになった。だが、いくら変わっても緑豆椪であることには変わりない。肉片、揚げタマネギ、ゴマ、緑豆餡を一緒に炒めた餡の緑豆椪は、管楽器と弦楽器のハーモニーのような、精緻かつ綿密で豊富な味わいを持つ代表的な中華菓子だ。それは既に伝統とも言える風格を持ち、台湾人の共通の記憶の中に、いつまでも香ばしく存在するのである。

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訳文は著者の許諾のもと、翻訳・掲載しています。

 味道福爾摩沙』の日本版は、某出版社さんが翻訳・制作予定です。
 ちゃんとした文学系の翻訳者さんの訳で読める日が来るのを楽しみにしてくださいね! 
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