『東京人』2018年12月号「本屋は挑戦する」特集内「最新、アジアの書店事情。」に店員Sが寄稿した記事に、少々加筆(というか、字数調整して削る前の原型記事)してUPします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 “台湾の書店”と聞いて誰もが思い浮かべるのが、「誠品書店」だろう。

 1989年開業、図書館のような面積、スタイリッシュな内装と本のセレクト、テーマごとに国内の中文書と英文・日文の輸入書を一緒に並べる棚づくり、24時間営業など次々に新しいスタイルを打ち出し、90年代から00年代にかけては、本好きの若者や文化人に愛され、台北人の誇りとまで言われる存在となった。当時、深夜に誠品書店の売り場を徘徊して本を眺め、そのまま朝に店内のカフェで朝食をとるのが最高に「酷(クール)」だとされた。
IMG_4846
 ↑ 台中にある「誠品書店 中友店」は、三層の馬蹄形に広がる書架が特徴的。

 TW_誠品03(敦南店前)
 ↑誠品書店の本店と言える「誠品敦南店」は、台湾の書店として初めて24時間営業を始めた。店舗の入っているビルの前には、夜になると誠品書店に集まる若者たちを目当てに、同じく若者たちが雑貨や服などを売る露店が並ぶ。世界に類を見ない、「門前市を成す」書店だ。

 台北、台中、高雄などに支店のある、おしゃれな古書店チェーン「茉莉二手書店」の立ち上げにかかわり、現在は自ら出版社を経営する作家の傅月庵氏は、台湾の近年の書店事情について「誠品革命」という言葉を使い、「誠品が売ったのは本ではない。台北人のライフスタイルだ」と語った。
IMG_8845
 ↑ 明るくて整然とした古書店チェーン「茉莉二手書店」は「古本屋界の誠品」と呼ばれている。

 誠品の出現は、台湾の書店業界だけではなく、出版業界にも大きな影響を及ぼした。

 90年代までの台湾の書籍は、大半はA5ソフトカバー(ジャケット無し)で統一され、カバーイラストやデザインもあまりおしゃれとは言えないものだった。ところが、誠品書店がデザインの美しい本を重点的にピックアップして定期刊行物(今は亡き、00年代を代表するカルチャー誌『誠品好讀』)で紹介したり、店頭にも陳列したりし、それらの本の売り上げが伸びると、それに合わせて台湾出版社もカバーや書籍全体のデザインを重視するようになった。こうして、台湾の出版物全体の見た目が飛躍的に良くなったのだ。

 中華圏の主要な児童書賞である「豐子愷児童図書賞」受賞者の絵本作家・林小杯リン・シャオペイ氏は、来日時のトークイベントで近年の台湾の絵本作品の質が急速に向上した理由を問われこう答えた。
「誠品書店が出現して、台湾の絵本作家たちが海外の美しい絵本の原書を目にする機会が増え、良い刺激を受けたことが大きい」

 誠品の出現は、まさに台湾の出版市場のターニングポイントだったのだ。
 その後、誠品は書店としてよりも、高級でスノッブなショップ施設としての業態に変化してきてはいるが、2018年10月現在、国内外で46店舗を展開するなど、人気を保っている。
IMG_4383
 ↑ 2018年10月に台北・中山にオープンした誠品の46店目「誠品生活 南西店」では、
  野菜などの生鮮食料品を販売するテナントも入っている。



 実は台湾は、アジアで最も出版が盛んな国の一つだ。昨2017年の新刊点数は40,401点、人口約2350万人で割ると一人あたり17点の新刊が出た計算となる。日本の2017年の新刊刊行点数は73,057点、国民1人当たりの新刊点数は5.77点なので、その約3倍だ。台湾の書店店頭を観察していると、その回転の速さに驚く。

 出版点数は多いが、台湾の書籍の売り上げは日本と同様、年々落ちている。特に実体書店の経営は、1社で書籍市場のシェア3割を持つと言われる「博客来」等のネット書店に押され、非常に苦しい。

 台北駅の南側にある重慶南路は、1970年代には約100軒の書店が集っていたという台北一の書店街だったが、現在残る書店は10軒ほど。ランドマークの一つでもあった老舗書店・金石堂書店の城中店が今年6月に閉店したことは、大きなニュースとなった。
TW_重慶南路金石堂_04


 一方、2010年代に入り、「独立書店」と呼ばれる個人経営の小規模書店の新規開店が増えている。
 台北やその周辺だけでなく、高雄や台中などの中核都市、花蓮、宜蘭、鹿港などの地方小都市にも、地元出身の若い世代が小さなセレクト書店を開く例が増えた。

 台湾政府の文化部(日本の文化庁にあたる)も、2012年から独立書店を振興、補助する政策を打ち出した。これは、実体書店の減少により、台湾全土の自治体の3/2が“無書店地域”となったことに歯止めをかけようとする意図だ。2013年には地方で独立書店を開業する人に、初期資金として50万元(約180万円)を文化部が援助する「文創圓夢計畫」も実施された。その後も、独立書店の経営に対する政府の援助はさまざまな形で続けられており、2018年にはなんと「独立書店経営者の給与に対する補助」までが、補助金の項目に加えられた。
台中_新手書店01
 ↑ 政府文化部の創業補助金「文創圓夢計畫」を得て開店した台中の「新手書店」。

 こうした小規模の独立書店は、カフェや雑貨の売り場を併設するところも多く、「文青」と呼ばれるカルチャー好きの若者たちが好んで訪れる場所となっている。
(「文青」とは「文藝青年」の略で、本来は文学やアートに造詣の深い知識青年のことを指すが、現在は流行を表すキーワードとして“文藝青年的なファッションやライフスタイルを好む若者”程度の意味で使用されている)。
台北_青鳥書店_02
 ↑台北のリノベ空間・華山文創園区内にオープンした「青鳥書店」。店長の蔡瑞珊氏はキャスター、プロデューサー等としてテレビ業界で仕事をしてきた。

 台南_聚珍台湾_02
 ↑ 台湾の地元文化に関する書籍やデザイン雑貨を販売する台南「聚珍台灣」。

 政府の補助や、文青ブームがあっても、独立書店の経営は容易ではない。2013年前後に開業した独立書店で、今年までにすでに閉店した店はいくつもある。

 高雄の独立書店「三餘書店」の共同経営者の一人、謝一麟氏は「独立書店の経営の大きな困難の一つは、ネット書店に対抗すること」だと言う。ネット書店で注文した本は、台湾東部や離島などにも3日程度で届くが、地元の小さな独立書店で取り寄せると1週間以上はかかる。また、再販制度のない台湾では、ネット書店や大手チェーンでは2割前後の割引価格で書籍を販売しているが、仕入れの掛け率が悪い独立書店は、定価で販売するしかない。
TW_高雄三餘書店_04
 ↑ 三餘書店の5人の共同経営者の一人、謝一麟氏。映画業界出身の高雄っ子。

 三餘書店は2013年に開業した高雄を代表する独立書店だ。いま台湾で流行の、レトロな建築をリノベーションした味わいある建物に入っているので、観光スポット気分で立ち寄る“文青”も多い。
TW_高雄三餘書店_02


 だが三餘書店では、来店者の半分以上が実際に本を購入するという。

「それは、ここが“読者の読みたい本”を揃えているということでしょう。初期の誠品書店はそうだったが、今は百貨店化して、書店部分の選書の妙は薄れたと感じる読者も多い。誠品から離れた読者が独立書店に本を買いに来ている」(謝一麟氏)。


 また「独立書店を含む実体書店の大切な役割は、“人が集まる場”を作ること」だ、と前出・謝氏は言う。三餘書店では、作家による新書発表会、映画上映会、そして郷土史や介護など身近なテーマに関する地域の人たちの自主学習会など、なんと年間300回近くのイベントを開いていて、その時に売れる本も多いという。

 “少し背伸びしたライフスタイルを売る都会派書店”から、“自分の読みたい本や話題がある本屋さん”へ、台湾読者の好む書店の形は、時代とともに変わりつつある。 

(了)

 ●香港の書店最新事情については→ こちら