店員Sです。台東縣池上郷に来ました。
 台東から車や電車で約1時間、台北から来るとなると電車(自強號=特急)でも約4時間かかる、なかなか遙かなところです。
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 台北などでも、よく「池上便當」という看板のお弁当屋さんを見かけますが、池上の美味しいお米を使っていることを売りにしたお店です。つまり、ブランド米の産地ですね。中央山脈のふもとに面の水田が広がる、美しい農村です。


 2013年に放映されたエバー航空のCMで、俳優の金城武さんが池上の水田の道を自転車で走り、とある木の下でお茶を飲みながら休憩するシーンが流れました。このCMで、池上の美しさは一躍有名となり、国内外の観光客が押し寄せる人気観光地になりました。
(……と、ここでそのYoutubeリンクを挿入するのが世のブログの常ですが、後ほど触れるとある理由からリンクはUPしません。ご興味がある方は各自おググり下さい)


 池上の町は、「台9線」と呼ばれる台湾東部の幹線道路(と言っても、この付近での台9線は片側1車線ずつの余り大きくない道ですが)を挟んだ両側に、小さな商店や役所、食堂などが広がり、いる、こぢんまりした田舎町。

 その池上の町にある唯一の新刊書店、それが民国44年(1955年)創業の池上書局」です。
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 赤いセメント細工の店名がいい味を出しているレトロ建築。創業から60余年、この場所で営業を始めて50年以上になるそうです。
 ●池上書局Facebook → https://www.facebook.com/chishangbooks/

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  あっ! 猫さん!

 池上書局の店内に入ります。店の前面半分は、文具売り場です。
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 お店の奥半分に書架が並んでいます。右手の棚には、作家の劉克襄氏陳文茜氏、台湾を代表する舞踏集団、雲門舞集のもと代表者・林懷民氏、有名司会者・作家の蔡康永氏らの名前が。実はこちらの書架には、そうした作家や文化人が池上書局に寄贈した書籍が並んでいるそうです。
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 そして左手は、2014年からついこの間まで、池上に滞在して創作活動をしていた作家・蔣勳氏の作品(新刊書)が並んでいます。
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 こちらが、池上書局の三代目店主・簡博襄(ジェン・ボーシァン)さん
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 池上書局は、60年以上前に簡さんのお爺さんが開業。簡さん自身は、以前は台北の出版社で働いていたそうですが、1996年に池上に戻り、この書店を継ぎました

 実は簡さんとは3年ほど前からFacebookで友人になっていましたが、直接お会いするのは今回が初めて(2年前にも池上書局を訪問したことがありましたが、簡さんはご不在でお会いできませんでした)。簡さんがFacebookにときどきUPする池上の山々や田んぼの絶景、気品のある猫たちの写真がとても魅力的で、見るたびに池上に行きたくなりました。


 「あー、やっと会えたねー」
 あいさつを交わした後、簡さんがくれた名刺は「台湾好基金会」のものでした。
 台湾好基金会は、台湾各地の「郷鎮文化」(ローカル文化)を保護、復興、育成することを目的とした基金会です。台北の中山駅の近くにある、国内の特産品をフェアトレード的に扱うショップ「台灣好,店」や、台東の中心ともいえるライブハウス「鐵花村」なども、台湾好基金会が運営しているものです。
 台湾好基金会は、池上では、この地を「池上藝術村」と位置づけ、各種の文化・アートイベントを行ったり、アーティスト・イン・レジデンスのしくみをおこなったりしています。簡さんは書店の経営だけでなく、この「池上藝術村」のお仕事もしているのでした。
●池上藝術村サイト→http://artchishang.org.tw/


 以下、簡さんに池上書局のお話を聞きました。

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店員S:(以下、「」)
池上書局は、簡さんのお爺さんが開いたそうですね。お爺さんは池上の人ですか?

簡博襄さん:(以下、「簡さん」)
「いや、祖父はもともと桃園(注:台湾北西部)の人で、約70年前に池上に移住してきたんだ。そもそも池上は、祖父みたいによそから移り住んできた人が多いんだよ。祖父は池上に来て、最初は他の商売を幾つかやった後、60数年前に書局を始めた。この店の建物を建てたのは、だいたい50年前だよ」


S:
さっき、街を歩いていたら「書局」という看板のある建物がありましたが、店は閉まっていました。いまでは「池上書局」は、池上で唯一の新刊書店なのですか?

簡さん:
「実は台湾では『書局』という店名の店でも、実は文房具だけを売っていることが多いんだ。それでも習慣的に『書局』と呼ぶ。祖父が開業して以来、池上で本を売っている『書局』はうちだけだね。ただ、見ての通り、店の半分では文房具を売っていて、いまでは、店の売り上げは本よりも文房具の方が多いけれどね」

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 ↑簡さんのお爺さん時代の池上書局。(池上に生きる人々へのインタビュー集《最美好的年代》より)

S:
台湾好基金会のお仕事もしているんですね?

簡さん:
「2009年に、台湾好基金会が、一緒に地元の文化を盛り上げたい地方の町を探して台湾中をリサーチしていたときに、最初に選んだのが池上だったんだ。池上の人の気質はとてもオープンで前向き、地元を良くするために積極的に動いていく人が多いから、双方の意欲が一致したんだろうね。それ以来、コンサートや講演会などたくさんの活動をやってきた」

S:
収穫前の一面金色の田んぼの中の舞台で、コンサートや「雲門舞集」の舞踏などを上演する「池上秋收稻穗藝術節」のことは、ネットやメディアで写真を見て、とても印象に残ってます。

簡さん:
この活動はね、もともとは池上の人のために始めたんだ。ここは都市から離れているから、わざわざ街まで出かけて行って、文化や芸術のイベントや公演を体験するのはとても大変だ。でも、誰にとっても芸術に触れることは大事だと思う。だから、文化やアートのイベントの方をここまで呼んできて、池上の人みんなで体験しよう、というのが、そもそもの目的なんだよ。
 今ではイベントもどんどん有名になって、町の外からたくさんの人が見に来るようになったけれど、本来は観光客誘致のためにやってるんじゃないんだ」

S:
特に金城武のエバー航空のCM(2013年)の後は、たくさんの観光客が池上に来るようになりましたね。今朝、私たちもその辺を自転車で走りました。朝早い時間はまだ人も少なくて気持ちが良かったですが、お昼近くには団体バスがどんどん来て、「金城武の木」の周りだけすごい人出でした。美しい景色や、風情のある木はほかにもあるのに、とにかく「金城の木」で写真が撮りたいんですね。

簡さん:
この5年、大変なことになっているよ……
 他に何も資源がなくて、なんとかして外から観光客を呼んで、それでお金を稼ぐしかない地域ももちろんあると思う。でも、池上はそうじゃないんだ。ここは旨い米がたくさん獲れるから、それで十分稼げるんだよ。だから、むりやりたくさんの観光客を呼び込む必要はなかったんだ。

 池上は、もともととても美しいところだ。よそからもここに来てくれて、池上の美しさを味わってもらいたいと思う。広大な田園の中、農家の人があちらにぽつん、こちらにぽつんと作業にいそしんでいる光景は、本当の池上らしくて、とても美しいと思う。
 でも今のように、田んぼの中を色とりどりの自転車に乗った観光客がわさわさと行き交っている風景は、本当に美しいんだろうか? 観光客はそんな風景を見て楽しいんだろうか?と、疑問に思うよ。
 みんな金城武のせいだよ(笑)」

S:
観光客が増えたことは、お店にも影響がありますか?

簡さん:
「もちろん観光で来ている人も、うちの店に入ってきて、池上と縁のある作家の蔣勳さんの本などを買ってくれたりもする。観光客が売り上げに貢献しているかいないかと言えば、まあ、貢献している。
 でも大多数の観光客は、とりあえず店に入ってきて、店内をなんとなく見渡して、猫を撫でて、猫の写真を撮って帰っていく。みんな僕に会いに来るんじゃなくて、猫に会いに来るんだ。こっちの毛の短い方のは、とっても人懐っこいんだが、週末になると入れ代わり立ち代わり入ってくる猫目当ての客に撫でられすぎて、隠れて出てこなくなっちゃうよ」
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S:
あの中二階にある本は何ですか?

簡さん:
「あれは、蔣勳さんの本の簡体中文版。中国で本が出て、現地の出版社さんから見本として送られてきたものだけど、
蔣勳さんにこんなにたくさん家に置いててもしょうがないから、置いてくれ』と言われて、置いている。時々、中国からのお客さんが来て買っていくよ。確かに蔣勳さんの家に置いてても、売れることはないからね(笑)」
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 ここで、簡さんも参与する池上藝術村が運営しているギャラリー「池上穀倉藝術館」に案内してもらいました。
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 「池上穀倉藝術館」は、池上書局から道を渡った斜め向かい、池上のお米屋さんがやっているお米カフェ「多力米故事館」のすぐ裏にあります。1958年築の穀物倉庫を改装し、2017年12月にオープンしました。いままでアーティスト・イン・レジデンスとして池上で創作を行った芸術家の作品展や、舞踏集団「雲門舞集」の池上での舞台を撮影した写真家・劉振祥氏の写真展、蔣勳氏の収蔵品展などの展示を開催してきたそうです。
●池上藝術村池上穀倉藝術館Facebook → https://www.facebook.com/artchishang/
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 実はこの建物は、手前にあったお米屋さん「多力米」の倉庫だったもので、多力米の経営者さんが改装費込みでぽんと寄贈してくれたものだそうです。なんという太っ腹!なんという地元愛!
●池上多力米故事館 → サイト

 入り口を入ると、重厚な木製の中扉が。阿美族の彫刻家、拉飛邵馬Lafin Sawmahさんが、40日かけて手彫りで作ったそうです。
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 中扉を入ったレセプションホールには、作家・蔣勳さんによる池上風景の絵が展示されています。
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 残念ですが、この日はちょうど展示の入れ替え日。メインホールの天井に美しいトラスが並んでいます。中央部分は、もともと普通の切妻屋根でしたが、採光と換気を考えて、改装時に越屋根を付けたそうです。
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 昨2018年10月から11月には、舞踏集団「雲門舞集」の写真を撮り続けている著名写真家・劉振祥氏の写真展雲門風景 劉振祥撮影展」がありました。これは観たかった!
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 (台湾好基金会刊行物「池上藝術村×池上穀倉芸術館~2018」より)

 Sが訪問した数日後、2019年5月10日から9月3日まで「心是最大的樂園 ─ 蔡康永・侯文詠 收藏展」が開催されます。
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 蔡康永氏は、2004年から2016年まで続いた大人気トーク番組「康熙來了」のホストや、金馬賞授賞式の司会などでも有名な司会者で、小説やエッセイも多数発表しています。
 侯文詠氏は《白色巨塔》《危險心靈》などの作品が映像化もされた大人気作家です。2人は美術品のコレクターでもあり、2人のコレクション40点以上が展示されるそうです。
●池上穀倉藝術館展覽:心是最大的樂園 ─ 蔡康永・侯文詠 收藏展→サイトリンク


 実は、さきほど、池上書局の書架に、日本の『美術手帳』誌が多数並んでいるのを見つけました。何の気もなく「日本の美術雑誌ですか…」とつぶやいたSに、簡さんが、
それはもともと蔡康永さんの蔵書。彼は美術品の収蔵をしているから、それを読んで勉強しているようです
と、教えてくれました。なんと! そうだったのか!
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 展示期間中、蔡康永氏、侯文詠氏、それぞれのトークもあるそうです。
 
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 池上書局でお話を聞いている間に、地元の小学生とその若いお父さんが、学校で使うリコーダーを買いに来ました。リコーダーを選んでいる親子に、簡さんが「イギリス式とドイツ式があるんだよ。学校の先生はどっちだって言ってた?」とすかさず声をかけました。親子はイギリス式のリコーダーを100元で買っていきました。


 台湾のメディアの報道などを読むと、多くの伝統的独立書店がそうであるように、人々が好む娯楽の変化やネット書店の出現などにより、池上書局の経営も決して順調なものではなかったようです。

 しかし、こうして子供たちが日常で使う文具を買いに来る場所である一方、
 台湾の文化やアートの第一線の人々を、この小さな町に引き寄せる場所でもある。

 池上書局は、池上の内と外を文化でつなぐハブのような存在なのでした。


「池上書局」
臺東縣池上鄉中山路222 號
9:00~22:00
池上書局 Facebookは → こちら
(訪問:2019年5月2日)

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池上書局で買った本。蔣勳氏の新刊《傳說ーー30週年全新增訂版》(聯合文學)と、池上出身の評論家・李香誼氏による池上に生きる人々へのインタビュー集《最美好的年代》(白象文化)。  《最美好的年代》には、池上書局・簡さんのインタビューも収録されています。



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 ↑あっ! ニヤッって笑ってる!