店員Sです。
 台北から5時間、花蓮や台東からも2時間かかる「遠得要命的地方( 死ぬほど遠い場所) 」台東縣長濱郷に2019年2月にオープンした、長濱唯一の書店書粥」のレポートの続きです。
 (前回の記事は→ こちら
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 前回の記事で、「書粥」では‟店番をする代わりに、宿を提供する”「顧店換宿」のモデルでお店を運営している、ということを紹介しました。
 「書粥」本来のオーナーさんが自分で店番をするのは、月の約半分だけ。それ以外の時期には、全国からやってくる「1週間店長」さんが、交代で店番をしています
 だから、あなたがふと気が向いて(あるいはものすごい決心をして)、この「台湾でも‟死ぬほど遠い場所”にある書店」を訪ね、店長さんと楽しく会話したとしても、次にまた行った時に店番をしているのは、違う店長さんかもしれません。
 読者にとっては、店長さんとは「一期一会」の書店、です。
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不思議なシステムの書店のオーナーさんは?

 こんな不思議なシステムのお店を開いた「書粥」のオーナーは、高耀威さん。実は有名人です。

 台南に、観光客に大人気の「正興街」という小さな通りがあります。100メートルに満たない、古い住宅と昔ながらの小さな店が集まる何の変哲もない(言ってみれば「さびれた」)路地に、この数年、文青が好みそうな雑貨店、カフェ、食堂などの若いオーナーが経営する独立経営の店が集まるようになりました。その後、新しくここに店を開いた若い店主たちは、古くからの住人を巻き込んで、イベントを開いたり、イメージキャラクターを作ったり、zine《正興聞》を刊行したりするなど、正興街を盛り上げる活動を盛んに行いました。その成果があって、この一帯は台湾内外の若い観光客が押し寄せる大人気スポットに。「地域活性化の代表的成功例」と言われるようになりました。

 高耀威さんは、以前は新竹でIT関連のお仕事をしていましたが、2010年に新竹から台南に移住し、まだ静かだった正興街のレトロ建築を改装して、衣料品と雑貨のお店「彩虹來了」を出店。その後の正興街の街興しのあれこれをプロデュースしてきました。つまり、正興街を盛り上げた仕掛人です。

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↑「書粥」店頭の黒板にある、最近入荷した新刊書のリスト。売れたら、線を引いて消されるようです。なんだか、本が新鮮そうですね。


地域活性化の仕掛人が、台湾で一番遠い町に書店を開いたわけ

 そんな高さんはなぜ、この「死ぬほど遠い」小さな町・長濱に書店を開いたのでしょうか?

 この日、Sはアポもとらずに「書粥」に行ったら(Sの台湾独立書店取材は、いつも”縁”任せ(笑))、高耀威さん本人の店番週ではなく、高さんから直接お話を聞くことはできませんでした。なので、とりあえず今年2月の開店直後に高耀威さんご自身がネットメディア「独立評論」に発表した記事「到遠得要命的地方開一間書店」から、「書粥」開店の動機を抜粋してみます。

 高さんは、移住した友人を訪ねて何度か長濱に来るうちに、ここが気に入り、何年も前からぼんやり考えていた「顧店換宿」で運営する書店を開いてみようと思ったそうです。

「長年、正興街のご近所さんたちと取り組んできたコミュニティ活動のあれこれは、‟模範的な成功例”となったが、僕に反省すべき点をたくさん残した。
 人がたくさん来た。家賃は上がった。人がだんだん離れていった。それで僕たちは幸せになれたんだろうか? 
 地方創生という言葉の「生」は、‟生意(商売)”の生なのか、それとも‟生活”の生なのか? 
 長濱で採用する「顧店換宿」モデルは、正興街で風変わりなイベントで人を集めたやり方より、もっとスローで息の長い流れを地域に呼び込むことができないだろうか?」

「独立評論」掲載記事:「到遠得要命的地方開一間書店」より

 つまり、そもそも書店がやりたくてこのお店を開いたのではなく、コミュニティとかかわる場を作るために書店を開いたのですね。
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 ↑窓際には大判の美術書が。

 さらに、台湾のネットメディアの記事を調べると、最近の正興街の状況がわかりました。

 高さんたちが盛り上げた正興街には、若者の注目が集まり、内外の観光客が押し寄せるようになりました。ところが、街が人気になりすぎて、その地域の家賃が高騰。観光客がポイ捨てするゴミで、街も乱雑になりました。このようなことから、今年に入り、初期の正興街の魅力を生み出していた若い店主たちの小さな店の閉店が相次いでいるそうです。

 地元のコミュニティを活性化しようと思ってさまざまなアイディアを出し、努力奔走したのに、結局それは本当に良かったのか……? いろいろ思うところがあり、今回の長濱「書粥」では、また違った形で地元のコミュニティと関わって行こうと考えたそうです。


「子どもをちょっとだけ預けてもいい」独立書店?

 ちょっと面白いのが、書粥のFacebookサイトの「ページ情報(基本情報)」のところを見ると、「書店・保育サービス」となっているのです。なぜ、保育サービス? 先ほどの「独立評論」に高さんが書いた記事によると、「オープン時、半分冗談で‟子どもをちょっとだけ預けてもいいよ”と看板に書いていたら、近所の人たちが本当に子供を連れてきて、少しの間、絵本を読ませながらここに預けていくようになった」とのこと。
 さらに、あるお母さんから、この辺りでは家庭の事情で夕食を作ってもらえない子どもも多いから、放課後、子どもが書粥に来て宿題をし、簡単な夕食が食べられるような仕組みを作れないか、と相談され、検討中だそうです(つまり「こども食堂」ですね)。
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 ↑「書粥」の絵本コーナー。地下に降りていく階段の先に、1週間店長さんが泊まる部屋があるそうです。

 また、「顧店換宿」を行うもう一つの理由として、「仕事や日常に疲れているけれども、そこから完全に抜け出すまでの勇気はない多くの人々」に、静かに自分と向き合う時間を持つことができる場所と環境を持ってもらいたい、のだそうです。高さん自身は月の半分は仕事で台南に戻らなければいけないので、その間、「1週間店長」さんが店を見てくれる、つまりWIN WINのモデルです。


地元の人が必要とする場、誰かが自分を取り戻す場としての書店

 Sも今まで日本や台湾のいろいろな独立書店を見てきましたが、「書粥」のこのような、他にはない、とても新しいものだと思います。
 独立書店の店主さんは、もともと本が大好きで、自分の好きな本をもっとほかの人に薦めたい、あるいは選書や店の雰囲気を通じて自分の趣味や美意識や個性を表現したいとして、書店を開きます。
 「書粥」は、それとはちょっと違うようです(もちろん、高さんは本が好きでしょう)。

 「書粥」のコンセプトやモデルは、書店が、単に本を売る店、あるいは本好きの人が集まる場所だというだけでなく、コミュニティの人が必要とする「場」、あるいは、(大げさに言えば)誰かが人生を考え直す「場」ともなれるのでは?ということを、模索しているのです。

「死ぬほど遠い」ところにあるだけが特徴ではない、ユニークな書店「書粥」。 
 機会があれば、ぜひ行ってみてください。

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 ↑「書粥」の天井には、高さんが描いた台湾全島の絵が。


●店員Sが「書粥」で購入した本は、中国の作家・馬識途の《夜譚十記》の二手書。収録の《盜官記》が、姜文監督の映画《讓子彈飛》(邦題:さらば復讐の狼たちよ)の原作だそうです。あの映画に原作があったとは知らなかった!
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(2019年5月3日訪問)

「書粥」Facebook →リンク 
台東縣長濱鄉長濱村22-1號
營業時間:13:00-19:00

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【おまけの長濱情報 その②】

 長濱には、台湾の足裏マッサージの主要流派の一つ、「吳若石神父足部反射健康法」の発祥地です。
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 「吳若石神父足部反射健康法」は、スイス人神父・吳若石氏が、足裏のマッサージで自身の難病を克服したことをきっかけに開発。ここ、「長濱天主堂(カトリック教会)」は、地元の人にその技術を教え、施術を行う「吳若石神父足部健康驛站」を併設しています。
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 この辺りは経済的にはあまり裕福ではなく、原住民やベトナムから台湾に嫁いできた女性の多い地域です。吳若石氏は、地域の住民が、足マッサージを覚えて自分で健康管理をし、お金を払って病院にかからなくても済むように、また手に職を付けて自分でお金を稼ぐことができるようにと、ここで足マッサージを伝えてきたそうです。

 緑が溢れる半屋外のこんな場所で、長濱の海風に吹かれながら足裏マッサージが受けられますので、長濱に来た際には、「書粥」と併せて行ってみてください。
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吳若石神父足部健康驛站
台東縣長濱鄉長濱村258號 (長濱天主堂)
毎日8:00~17:00
1回約30~40分 600元
サイト:社團法人吳若石神父全人發展協會Fr. Josef Eugster
(2019年6月現在の情報)