台湾映画界最大のヒットメーカー、魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督をご存知ですか?
 台湾映画界が低迷していた2000年代の末に、ラブストーリー『海角七号 君想う、国境の南』(2008年)を大ヒットさせ、一気に国産映画ブームを作り出しました。その後も、上下合わせて5時間近い大作『セデック・バレ』や、日本時代に甲子園で準優勝した嘉義農林高校野球部を描く『KANO』のプロデュースなど、台湾映画の歴代興行収入ベストテンに作品4本がランクインしているという監督です。

 その魏徳聖監督が、いま、45億元(約170億円)の総予算で進めているのが「豊穣之城」プロジェクト
 17世紀の台南を舞台にした「台湾三部曲」と総称する3本の劇映画、ドキュメンタリー、アニメーションの計5本の映画を製作し、撮影終了後は、そのセットをテーマパークとして残し、台南政府が「歴史文化園区」として活用する、というものです。先日、クラウドファンディングもスタートしました。

 ↓クラウドファンディングの募集動画。
 クラウドファンディング「《臺灣三部曲》第一階段電影群眾集資計畫」ページ

 このプロジェクトの核となるのは、もちろん劇映画「台湾三部曲」です。 
 17世紀の南台湾の海沿いの一帯で、そこに元から暮らしていた西拉雅(シラヤ)、入植や交易のため、あるいは海賊としてやって来た漢人、台湾の豊富な資源を狙って進出してきたオランダ人。この三者が出会ったことで起きる摩擦や衝突、そしてその時代、その場所で生きた一人一人の人生を大きく変えるドラマ。三部作は、1作品ごとに、西拉雅族、漢人の海賊、そしてオランダ人それぞれの視点から描かれるものになるそうで、それぞれのタイトルは《火焚之躯——SIRAYA》、《鯨骨之海——TEYOUAN》、《應許之地——FORMOSA》となるようです。

 この壮大な三部作を魏徳聖監督が想起したきっかけが、20年以上前に、ある小説を読んだことだそうです。
 それが、今回ご紹介する王家祥氏の『倒風內海』です。
倒風內海_書影

 舞台は、今から約400年前、南台湾の「倒風內海」と呼ばれた一帯(現在の台南市麻豆、佳里、塩水などのあたり)。西拉雅族の集落・麻豆社に暮らす沙喃(シャナン)は、 狩りの上手な勇士になることに憧れる少年。かつて、集落の巫女から「禍は、海からやってきて、我々の身の上に降りかかる」と予言されたことがいつも気にかかり、海に出ることを控えていた。

 しかしある日、沙喃は、好奇心と冒険心に負け、友人の加踏(ジャーター)と共に、普段は行かない遠くの海までカヌーを漕ぎだす。二人はそこで、今まで見たこともない巨大な船が沖を進んで行くのを目撃する。

 それからしばらく経って、海辺の集落、赤崁社の人びとに連れられ、奇妙な男たちが麻豆社にやって来た。大量の布を身に纏い、真っ赤に日に焼け、やたらと体毛の多い皮膚を持つ紅毛人だ。紅毛人は、珍しい数々の品――美しい布、トンボ玉、タバコ、鉄製のナイフや鍋などを、黒い皮膚の奴隷たちに運ばせ、麻豆社の人びとの鹿革や食料と交換した。
「もっとたくさんの鹿を獲れば、もっとたくさんの物と交換してさしあげるぞ」
紅毛人の首領らしき男、アランゾは言った。

 紅毛人の到来は、麻豆社の人びとの暮らしを少しずつ変えた。毎年、暮らしていくのに必要な分の獲物だけを狩っていた男たちは、珍しい品物欲しさに密猟するようになった。狩場に生息する動物の数は目に見えて減っていったが、村の長老もそれを見てみぬふりをした。

 3年が経った春、麻豆社では交易のために、沙喃を含む三十数名の男たちを、紅毛人が拠点とする大員(ターユアン)に送ることにした。大員の手前の集落、赤崁社に到着した麻豆社の男たちは、本来、西拉雅族のものだったはずの土地を、たくさんの漢人たちが耕しているのを見る。警戒に飛び出してきた赤崁社の勇士・大羅皆(ダーロジェ)に尋ねると、自然災害に見舞われて困窮した赤崁人から、紅毛人たちが土地を買い上げ、漢人たちを雇って開墾させているのだという。赤崁社の西拉雅族の中には、漢人の服を身につけている者もいた……。

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 小説の中で描かれるのは、オランダ東インド会社が本格的に台湾に進出してきた1624年から、鄭成功がオランダ人を駆逐する1662年までの、台湾の歴史がダイナミックに動いた時代。史実を織り交ぜながら、大きな流れに吸収され、消滅していったひとつの民族について、沙喃の耳目を通して描きます。
倒風內海_扉
 ↑右ページは、作品の舞台となった17世紀の台南の様子。左上の、川の河口中洲に「麻豆社」があります。この後、洪水による土砂の蓄積や人工的な埋め立てにより、これらの砂州や内海は全て陸地になっています。左ページの人物は、17世紀イタリアの版画に描かれた「フォルモサ原住民の図」。


 余談ですが、台湾の文化界のトレンドとして「台湾の歴史の遡り」が見られます。
 2010年代には、出版界で「日本統治時代ブーム」がありました。日本統治時代の文化や庶民の生活などに関する資料を再発掘する人文書や、日本統治時代を舞台にしたフィクションも多数創作されました。その背景には、国際政治や経済における中国の圧力が日増しに高まるなか、台湾の人びとが「中国とは違う、台湾人の歴史やアイデンティティ」を模索した影響があると言われています。冒頭に挙げた魏徳聖監督の3つの作品も、全て日本時代の台湾をテーマにしています。

 この数年、そこから一歩進み、さらに遡った台湾の歴史を背景、テーマにした作品が描かれるようになりました。例えば、1874年の「牡丹社事件」を題材に、当時の台湾原住民、漂着した宮古島民、漢人との邂逅を描く巴代(パタイ)暗礁があります。また、1867年に恒春半島で起きた「ローバー号事件」を題材にした陳耀昌の歴史小説『フォルモサに咲く花』(原題:傀儡花)は、台湾・公共電視台初の歴史大河ドラマ『斯卡羅 seqalu』として製作中です。

 本作『倒風內海』は、さらに200年ほど遡り、文字で記された世界の‟歴史”に初めて台湾が登場した17世紀の南台湾の出来事を描くものです。

 本小説を基にした映画《火焚之躯——SIRAYA》は、物語のはじまる1624年からちょうど400年後に当たる2024年の公開を目指しているそうです。その前に、関連するドキュメンタリーとアニメーションが公開されるそうです。今後、数年は話題になるであろうこの西拉雅ブーム。本小説も日本語で読めるようになって欲しいです。

(版権のお問い合わせは、太台本屋 tai-tai books taiwanbookcafeあっとまーくgmail.comまで)


著者・王家祥 プロフィール
1966年高雄生まれ。中興大學森林学部卒業。台湾の自然や歷史に関する散文、小説を多数執筆。著書は自然観察散文《文明荒野》《四季的聲音》《我住在哈瑪星的漁人碼頭》、歴史小説《小矮人之謎》《關於拉馬達仙仙與拉荷阿雷》《山與海》《海中鬼影-鰓人》《魔神仔》など。特に歴史小説では、台湾元住民の文化や伝承などをテーマにしたものが多い。時報文學獎、聯合報極短篇獎、賴和文學獎、吳濁流文學獎など、多数の文学賞を受賞。現在、執筆の傍ら、野生生態保護活動、野良犬の保護活動などにも力を入れている。

(おまけ)
 2018年12月に嘉義で行われた、本書の著者・王家祥氏と、魏徳聖監督のトークショウ。
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 下の写真左が王家祥さん、右が魏徳聖監督。スクリーンに投影されているのは、映画の撮影セット兼テーマパークが建設される予定の台南郊外の湿地の様子。
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(店員S)