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『わたしの青春、台湾』傅楡/フー・ユー、翻訳監修 関根謙、吉川龍生/五月書房新社/1800円+税/2020年10月23日発売

10月31日(土)からポレポレ東中野ほか全国順次、上映が始まったドキュメンタリー映画『私たちの青春、台湾』の傅楡(フー・ユー)監督が、映画公開後に語り下ろした、本作を含むこれまでの作品のプロダクションノートを兼ねた青春の自分史。


私たちの青春台湾/メインビジュアル
『私たちの青春、台湾』のポスター

映画は、2014年のひまわり運動の学生リーダーの1人だった陳為廷(チェン・ウェイティン)と、中国人留学生でブロガーとして活躍していた蔡博芸(ツァイ・ボーイー)の2人の社会運動およびひまわり運動に身を投じる姿を、2011年から2016年まで追いかけた作品。終盤、立法院補欠選挙に出馬するものの過去のスキャンダルが明るみになる為廷と、通う淡江大学の自治会選に立候補するものの国籍を理由に不当な扱いを受ける博芸。そんな失意のなか喪失感を抱える2人に、監督はナレーションで、このような結末でいいのかと自問自答する。志半ばの挫折は、成長過程の「青春」であり、それは監督自身のことでもあった。

『わたしの青春、台湾』は、マレーシア華僑の父、インドネシア華僑の母のもと台北で生まれた監督の、子ども時代の話から始まる。両親の出自、そして台湾語が話せないということで小学校のときに受けたいじめ。テレビで「外省人」「本省人」という言葉を聞いても、自分はどこに属する人なのかと困惑する。五歳のとき戒厳令が解除され、十四歳のとき初となる総統直接選挙が行われるなど、台湾の民主化とともに成長した監督。「非本省人」で国民党支持者の両親との生活は、「省籍」や「青(国民党)と緑(民進党)」といった問題がつねに身近にあった。

大学でドキュメンタリーに興味を覚え、大学院でドキュメンタリーを専攻。卒業課題として制作した『鏡よ、鏡』(2008年)は、国民党支持の両親と民進党支持の友人の両親、政治的立場の違う者同士を「対話」させるという実験的作品だった。続く『青と緑の対話実験室』(2012年)も、それぞれの党支持者の若者が、台湾の抱えている問題をテーマに議論するという作品。この作品での陳為廷との出会いが、『私たちの青春、台湾』(2018年)へと繋がる。台湾で政治をテーマにしたドキュメンタリーが少ないなか、一貫して政治問題を撮り続けてきた監督。本書では、監督がそれまでの作品を撮るにいたる経緯や制作過程の様子、取材対象者との対話、それによる自身の考え方の変化などが、時系列に沿って丁寧に綴られる。

本書の最後で、2018年の金馬奨最優秀ドキュメンタリー映画賞受賞時のスピーチによる、ことの顛末(台湾独立を示唆するようなスピーチが中国関係者を不快にさせ、審査員長のコン・リーは舞台から姿を消し、中国関係者は受賞後のパーティをボイコット。対中国との社会問題となった)を振り返る。そして改めて、「対話」することの難しさを知った一方で、「対話」によって真の変化が生まれる可能性があることを信じ、「対話」を続けることこそが社会運動であると締めくくる。そこには、陳為廷や蔡博芸など取材対象者と絶えず対話を続け、彼らを合わせ鏡として、自分の存在やアイデンティティを確かめようとする監督の姿が見えてくる。

「人は永遠に青春の素晴らしい一面だけに夢中になって、次の段階へと進まないわけにはいかない(中略)これは人間だけの話ではなく、国家にもあてはまる」。複雑な歴史ゆえ、民族や政治的立場の違う人たちが暮らす台湾に、一人ひとり違う物語があることは、それまでにも本や映画などで教えられてきた。それは、成功と挫折の「青春」の物語も同じである。

映画『私たちの青春、台湾』で感じる監督の葛藤や挫折の答えが、本書にある。映画を観た後に本書を読むことをおすすめする。

(店員N)

[追記]
読み終えて本を閉じると、読む前には気がつかなった表紙の「青」と「緑」と「赤(とピンク)」のデザインが、一気に腑に落ちました。また、映画配給会社の方から、傅楡監督は本作の制作中に、台湾で訳書が出ている川本三郎さんの『マイ・バック・ページ ある60年の物語』を読まれていた、というお話を教えていただきました。