台湾からかなーり個性的なコミック作品が届きました。
 その名も、『檳榔美少女』
檳榔美少女02
 「檳榔(びんろう)」というのは、台湾を含む南方の地域、国々で愛用される噛みタバコのような嗜好品の一つで、ビンロウの樹の実を、石灰などと共に口の中で噛むと、興奮や酩酊感が得られる、というものです。
 台湾では、かつては台北市内を含む至る所で売られ、国道沿いなどにある檳榔スタンドでは、セクシーな衣装の「檳榔西施」と呼ばれる女性たちが、購入者の気を引いていました。

 檳榔を噛むと口の中が真っ赤になり、地面に吐き出した唾がまるで血のように見えます。
 ちなみにいまこれを書いている店員Sが初めて台湾に行ったのは1992年ですが、当時は台北でも檳榔愛好者は多く、道の至る所に汁を吐き出した赤い跡がついていました。当時、檳榔のことを知らなかったSは、こんなにあちこちに血痕が落ちているなんて、台湾は何て血の気の多いところだろう、とちょっと誤解しました(笑)。

 しかし、あちこちで赤いつばを吐き出すのは街の景観や衛生上良くないことや、檳榔に発がん物質が含まれていることが分かったことなどで、台湾で檳榔を噛む人はどんどん減っています(眠気覚ましの効果があることから、長距離トラックの運転手さんなど、一部の人にはまだ需要があるそうです)。
 また「檳榔西施」も、衣装のセクシー合戦が過熱しすぎて風紀上良くないとのことで規制がかかり、現在はあまり過激な服装の檳榔売りの女性は見られなくなっています。
 (本記事一番下の【おまけ】も見てね)

 ……という、台湾のローカル文化の一つでありながら、いまは徐々に消えつつある「檳榔スタンド」と「檳榔西施」ですが、この『檳榔美少女』では、セーラー服デザインのセクシーな衣装を着た美少女檳榔西施が登場します。

ブラジル青年と檳榔美少女が出会うとき

 物語が始まるのは、なぜかブラジル、サン・パウロ。
 青年ルイス・サントスは、子どものころからの憧れだった、サッカー界でのスター選手になったものの、あまりの忙しさに、最愛の母の死に目に間に合わなかった。すべてが嫌になったルイスは、今までと全く違った環境を求め、地球の反対側の地、台湾に出奔する。
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 台北で、ルイスは偶然出会った檳榔西施として働く美少女、包小葉に一目惚れ。ブラジル男子の本領を発揮してあの手この手で情熱的に小葉に求愛するが、やりすぎでかえって反感を買うばかり。

 (紙面の写真よりも、著者自身が作ったこの↓動画の方がわかりやすいので、こちらをどうぞ)


 そんな中、小葉の檳榔スタンドのある国道沿いの屋台街が、デベロッパーによる再開発の標的となり、立ち退きを迫られることに。
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 母から引きついだ檳榔スタンドを守りたい小葉は、同僚の檳榔西施たちや屋台街の店主たちと共に、そしてルイスも協力して、再び屋台街を盛り上げ、デベロッパーに抵抗する策を練るが……。

 ……と、まるで台湾民放局のテレビドラマか、陳玉勳監督のコメディ映画か、というストーリーなのですが、実は、この作品の作者は台湾在住のブラジル人、盧卡斯(ルーカス)さんです
ルーカス

作者の台湾愛が炸裂する異色作

 1990年生まれの盧卡斯さんは、出身地のブラジル、サルバドールの大学でデザインを学んだあと、グラフィックデザイナーとして働いていました。
 実は盧卡斯さんは12歳のころ、台湾のアイドルグループS.H.Eに出会って熱烈なファンとなり、以来、中国語を勉強し、台湾ドラマや台湾ポップスを追いかけるようになりました(つまり、台湾オタクだったのですね)。24歳の時、長年の夢をかなえるべく、台北藝術大学美術系大学院に留学、修士の学位を取得し、さらにはもう一つの夢でもあった漫画家デビューも果たしました。

 『檳榔美少女』は、漫画アプリ「comico」の台湾版で週刊連載されたものを単行本化したものです。檳榔西施が主人公の漫画を描くと決めた時、周囲の台湾人の友人たちからは理解されなかったそうです。檳榔西施のに興味を持った動機について、盧卡斯さんは書評メディア「okapi」のインタビューで、
「ブラジルはかなり開放的な国だけど、女性が露出の多いセクシーないでたちをするのはカーニバルの時だけ。寒空の下で身を晒し、なんとかして客を引き付けようとする台湾の檳榔西施の特殊性とそこにある葛藤に、創作意欲を刺激された」
と語っています。

アジアのコミックスタイルとバンドデシネ風色彩の融合?

 盧卡斯さんの作品は、右開き&タテにコマが進む日本式のコミックスタイルですが、全ページフルカラーの色合いは、全体的にオレンジや茶色系をベースにしていて、日本や台湾のコミックにはあまり見られないものです。盧卡斯さんのサイトを見ると、初期のころには少しバンドデシネ的な(ヨーロッパスタイルの)画風やコマ割りの作品を描いていたようです。
 『檳榔美少女』は、盧卡斯さんの中で、アジアとブラジル、それぞれの特色が絶妙な具合でブレンドされて出来上がった、とてもユニークな作品と言えます。
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 こちら↓にも、『檳榔美少女』のイラストがたくさん載っています。
 okapi「當巴西球星遇見台灣檳榔西施——漫畫家盧卡斯《檳榔美少女》的溫柔與勇敢」
 https://okapi.books.com.tw/article/13716

 『檳榔美少女』には、夜市や101、台湾の小吃、舞台車など、盧卡斯さんが愛する台湾の風景が満載。台湾に行けない今の私たちにも見ているだけでうれしい作品です。
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『檳榔美少女』
作者:盧卡斯(Lucas Paixão)
出版社:遠流  
2020年8月刊行
上下各巻512ページ 判型21×14.8cm 全ページフルカラー
博客来リンク:https://www.books.com.tw/products/0010867598

本作品の版権に関するお問い合わせは、太台本屋 tai-tai booksまでお願いいたします。
 rights.ttb@gmail.com


【おまけ】
いまの檳榔スタンドと檳榔西施のがどんな感じかは、この張震嶽の《貪心》MVを見てね。
 ちなみにMVの監督は《大佛普拉斯》《同學麥娜絲》の金馬賞監督・黄信堯、檳榔西施は《大佛普拉斯》でGucciを演じた雷婕熙、トラック運転手は『セデック・バレ』で青年モナ・ルダオを演じた大慶です。 

(店員S)