2月19日、日本語版が発売された『リングサイド』(著/林育徳 訳/三浦裕子 小学館刊)。
 台湾ではとてもマイナーなエンターテインメントである「プロレス」をテーマに、それに”うっかり出会ってしまった”市井の老若男女の、人生の特別な、あるいは普通の数ページを描く連作短編集です。
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 『リングサイド』著/林育徳 訳/三浦裕子 装画/阮光民 小学館刊 → リンク
 収録の2篇が全文まるごとためし読みできます。 
 「ばあちゃんのエメラルド」→ためし読み
   「タイガーマスク」→ためし読み

 著者、林育徳さんは、小説の主な舞台でもある台湾東部の小都市、花蓮出身。
 桃園、台北の大学を転学した後、花蓮にある国立東華大学華文文学系に入学。同大学院の創作コースで、小説家の呉明益さんに師事しました。本作『リングサイド』は、大学院の卒業創作です。

 『リングサイド』は、著者のプロレスへの熱い愛のかたまりでもある一方、自らの故郷・花蓮への思いが詰まった作品でもあります。

 『リングサイド』刊行にあたり、現在も花蓮に住む著者・林育徳さんに、オンラインインタビューをしました。「前編」では、日本人にはほとんどなじみのない「台湾のプロレス」の話の他、台湾北部の大学に通っていた林さんが、故郷・花蓮に戻り、小説を書くまでの経験を伺いました。
 引き続き、創作について、林さんのお話を伺います。

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詩作と小説の違いは?

Q. 林さんは、中学時代から詩作を発表し、数々の賞を受賞するなど、高い評価を得ていたそうです。小説を書き始めて以降、詩作は続けていますか? 創作するにあたり、詩と小説はどう違うのでしょうか?

林育徳(以下、「」):
 詩は今でもときどき書くけれど、詩集として出版されたものはない。『リングサイド』が、本として出版された初めての作品だ。
実はこの十年ほど、台湾では若い人に詩が人気で、詩集がとてもよく売れている。でも十年前、詩集は全然売れなくて、出版界では「売上の毒薬」と呼ばれるくらいだった。

 詩は、「瞬間の文藝」だ。感じ取ったある瞬間の感覚を、拡大して表現する。そして詩は、書き手にも読む側にも、相当な「文学的訓練」が必要な芸術だ。言葉や文学の素養がないと、創作することも理解することもできない、ハードルの高い文芸なんだ。
 小説を書いてみて気が付いたのは、小説には「物語」があるから、受け取ってくれる読者の範囲が広くなることだ。僕の身の周りの人に、僕の詩を読ませようと思っても、理解してくれる人は多くないかもしれないが、小説であれば読んでくれる。だから、いまでもときどき詩は書いているが、いまは小説を書くことが好きだ。 

 小説を書くことは、「世界を構築すること」だ。台湾では、短編小説はあまり人気がない。だから、小説の創作を始めるとき、長編や、せめて中編を書いたほうがいいと周囲の人にアドバイスされた。
 だけど長編小説を書くことは、マラソンみたいなもので、とても疲れる。僕はどちらかというと短距離走型だ。初めて小説を書こうと思ったとき、いきなりマラソンに挑戦するのは無理だが、短距離の積み重ねならなんとかなるかなと思った。それで長編小説を10個に分けて書くことにした。それが『リングサイド』だ。


Q. 『リングサイド』は、東華大学華文文学部大学院創作コース(原文:東華大学華文文學系 碩士班創作組)での卒業制作だったそうです。詩を書いてきた林さんが、小説に挑戦したのはどんなきっかけですか?

林:
 実は、自分が小説を書くとは思っていなかった。
 僕が大学院に進んだ当時、文藝創作(クリエイティブライティング)を教えている台湾の大学はごく少なかった。東華大学華文文学部大学院創作コースは、その数少ないうちの一つだ。そして、ここで学ぶ学生の半分以上は、人気作家の呉明益教授に指導してもらうことを希望する。もちろん、全員が指導を受けられるわけではなく、断られる人もたくさんいる。ちなみに呉先生が学生の指導を断るときには、「君はダメ」みたいに厳しく言うのではなく、どうしてその人を指導できないのか、その理由を教える形で伝えるそうだ。

 僕はどうしても呉先生に教えてもらいたいというわけではなかったが、試しに申し込んでみた。先生は「君がずっと詩を書いてきて、評価されていることは知っている。でも、君が詩を書くのなら、僕は指導することができない。小説を書くのなら指導できる」と言った。
 僕は、せっかく大学院に来たのだから、いままでやったことがないものに挑戦してみようと思った。詩なら、学校に来なくても書ける。大学院では文藝についてや、創作の技法についていろいろ学ぶことができるし、質問をして答えてもらうこともできるから、試しに小説を書いてみようと思った。

「リングサイド」著者 林育徳近影03

Q. 呉明益さんが指導する創作コースとはどんなものか、とても興味があります。実際にはどのように教えてくれるものなのでしょうか?

林:
 呉明益先生の創作ゼミは、講義というよりもサロンのような雰囲気だった。大学の付近のカフェなどに集まって、あれこれおしゃべりをする。内容は、呉先生が最近読んだ本のことや、いま書いている作品のことなど。創作の指導は、学生の作品を読んで「ここの部分をもっと膨らませたほうがいい」とか「この部分はあまり要らないのでは」という意見を言ってくれる感じ。文章を細かく添削されるというようなことはなかった。



『リングサイド』執筆と、単行本刊行

Q. 『リングサイド』は10篇の連作短編集で、1篇1篇がそれぞれ完結しながら、少しずつ繋がって輪のようになる構成です。それぞれの物語は、どのように書き進めたのでしょうか? 第18屆台北文學獎を受賞した「阿嬤的綠寶石(ばあちゃんのエメラルド)」を、最初に書いたのでしょうか? 全部完成させるのに、どのくらいの時間がかかりましたか?

林:
 どれか1篇からなんとなく書き始めたのではなく、最初に全体の構造をすべて考えた。それが決まってから、本に収録されている順番に書いていった。
10篇の物語は、ひとつの建物の中にある10個の部屋のようなものだ。先に建物全体の構成や基本的な間取り、それぞれの部屋の造りを考え、それからその部屋ごとのインテリアを足していった。

 登場人物は、自分がひとつのプロレス団体を編成するように、キャラクター設定を作っていった。メインの登場人物について、キャラクター表を作って、ひとりひとりの身長とか、体重とかのデータを設定していった。物語に描かれない細部の設定まで、ぜんぶ考えた。これはとても楽しい作業だった。
 
 「タイガーマスク」の舞台となるホテルは、全体の間取り図も描いてみた。こうやってなるべく具体的に、自分がビジュアルでイメージできるように設定していった。

 実際に執筆にかかったのは、1年くらい。執筆前の準備については、どこまでが小説の準備だったのかははっきりと区切っては言えない。卒業制作として提出する締め切りが決まっていたので、必死で書いた。いまはあの時のような締め切りがないから、もうあんなふうに集中して必死で書くことはできないと思う。


Q. 『リングサイド』の中で、林さんが一番好きな篇、あるいは好きな登場人物はどれ/誰ですか? 

林:
 全部好き。


Q. 卒業作品だった『リングサイド』が、どのような経緯で麥田出版から出版されたのでしょうか?

林:
 卒業作品を提出し、試問を受ける前、呉明益先生が「出版社に送ってみては?」とアドバイスしてくれた。そこで2016年の1月ごろ、7,8社の出版社に作品を送ってみた。
 その時は全く知らなかったけど、1月に出版社に作品を送るというのは、最悪のタイミングだったらしい。台湾では毎年旧正月(注:1月末~2月前半)前後に「台北国際ブックフェア」がある。1月は、その準備で出版社が1年で最も忙しい時期だった。それもあってか、ほぼすべての出版社から、断られるか、「自分で政府などの補助金を獲得して来られるのであれば、出版を検討する」という気の乗らない返事をもらった。
 でもただ1社、麥田出版の編集者だけは「補助金が獲れても獲れなくても、この作品は出します」と言ってくれた。そして、最終的に麥田が『リングサイド』を出してくれた。


小城・花蓮と次回作のこと

Q. 林さんは、先日まで花蓮にある政府の関連機関で働いていらっしゃったとのことです。台湾メディアのインタビューで「次の小説の取材の目的でそこに就職した」とありましたが、本当ですか?

林:
 創作が続けていけるかどうかわからないから、現実的な生活の手段として、やはり就職することが必要だった。でも社会に出て、組織で仕事をする経験から、創作のいろいろな題材が得られた。
 いまの時代の僕たちは、大金持ちになれることはめったにないかもしれないけど、死にそうな目に遭うこともほぼ無い。僕たちのお爺さんの時代だったら、戦争があったりして、ふつうの人が生きているだけでものすごい経験をしていた。だけどいまの時代、平穏に生活していたら、特にドラマチックなことには出逢わない。社会に出て、いろいろな経験をすることが、創作の題材になると思った。

 前職を辞めた後、いま、2作目の作品の追い込みに入っている。2作目は、花蓮の地方政治をテーマにした小説で、タイトルは『縣長旁邊』(県知事のとなり)だ。花蓮の地方政治はとても独特で、変なことがいっぱいある。まあ花蓮だけじゃなく、前にいた苗栗とか、台湾の地方都市の政治はどこもとっても独特なんだけど。

 小説については、3部作というか、3作までは書き続けようと思っている1,2作目はかなり現実社会に取材した作品を書いたから、3作目はできればかなり虚構の世界を書いてみたいと思っている。もしかすると、ファンタジーに近いものになるかもしれない。


Q. 『リングサイド』には、花蓮の失われていく物、風景が多数登場し、登場人物たちがそれらを惜しむ描写がたびたび出てきます。林さん自身が一番思い入れのあった、無くなってとても残念に思っている物は何ですか? 

林:
 長い時間を経てきたものが、あっさり壊されてなくなってしまうのは、台湾ではよくあることだ。たぶん、それらの価値について、自信がないんだと思う。
 築100年のものを改修して使えるように維持していくのは、実際には新築するよりもかなりお金がかかって、とても難しいことだということを理解している。だから、そういったものが失われてしまうのは、ある意味で、しょうがないことだとも思う。

 僕はこの小説で、台湾のプロレスの歴史を書き残そうと思った。誰かが台湾のプロレスの歴史に興味を持ったときに、この小説を読めばそれがわかるように。同様に、花蓮で失われてしまったもの、失われていくものを小説に書き留めておきたいと思った。
 小説は、タイムカプセルだ。失われて行きつつあるものを書き留めることができる。
 これは、小説が果たせる素晴らしい役割の一つだと思う。


Q. 現在(2020年末)、残念ながらいますぐ日本から台湾へ行けませんが、日本人が花蓮に行ったら、ぜひ行って欲しいところ、見て欲しいところがありますか?

林:
 花蓮のある台湾東部は、かつて多くの日本人移民が暮らしていた場所だ。漢人が住み始めるより前に、日本人が先に住んでいたんだ。だから日本に関係のある物がたくさん残っている。
 例えば、花蓮市の中心部にある「花蓮文創園區」。これは日本時代の酒造工場だった場所だ。それから、僕の生まれた吉安郷には、「吉安慶修院」という日本式のお寺が残っている。日本の人が花蓮に来たら、こういうところを訪ねると、日本と花蓮との縁を感じられると思う。


Q. 日本版の出版時には林さんに来日していただいて、宣伝活動をしたいと思っていましたが、それも叶いませんでした。林さんが日本にいらっしゃるとき、一番やりたいことは何ですか? 一番会いたい人は誰ですか?

林:
 日本には、東京と沖縄に行ったことがある。特に沖縄は3年間連続でプロレスの試合を観に行った。
 次に行くとしたら、やっぱり東京の後楽園ホールとか、プロレスに関係のある場所を回りたい。できればプロレスラーにも会ってみたい。

――以上、2020年10月1日午後
聞き手/三浦裕子(店員S)、協力/黄碧君(エリー店長)

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 著者・林育徳さんの人となり、創作の裏側などが、伝わりましたでしょうか?
 『リングサイド』は、繰り返し読めば読むほど味わいが深くなる作品です。
 本インタビューを読んだ後、ぜひ、もう一度作品を読み直してみてください。

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著者プロフィール:林 育徳(リン・ユゥダー)
1988年台湾・花蓮生まれ。プロレスファン。花蓮高校卒業後3つの大学を転々とし、6年かけて卒業。東華大学華文文学研究所(大学院)で、呉明益氏に師事。中学時代から詩作を中心に創作活動を展開し、全国学生文学賞、中央大学金筆賞、東華大学文学賞、花蓮文学賞、海洋文学賞など受賞歴多数。『リングサイド』収録の短編《阿嬤的綠寶石》(ばあちゃんのエメラルド)で、2016年第18回台北文学賞小説部門大賞受賞。『リングサイド』(原題:擂台旁邊)は大学院の卒業制作。現在も花蓮在住。