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『臺北老屋 三生事』水瓶子(人文/典藏文創/2020)

 日式家屋をリノベーションし、「老屋新生大奬」を受賞した台北のレストラン「青田七六」をご存知の方も多いでしょう。今日の1冊『臺北老屋 三生事』の著者・水瓶子(すいへいし)さんは、その青田七六の文化長を務めると同時に、数々のまち歩きツアーでガイドも務める歴史散策のエキスパートです。台北を知り尽くした水瓶子さんによる歴史散策本、面白くないわけがありません。

 まずは目次にご注目。「城中」「城南」「城東」という聞き慣れない言葉で、場所が整理されています。これは清朝末期に建設され、1900年代半ばに壊された「台北城」を基点とした言葉です。日本統治下の台湾では、台北城がなくなった後も、城壁に囲まれていたエリアを「城内」、その外側を「城外」と呼んでいました(あくまでも店員Kの感覚ですが、ここ数年、あえてこの歴史的な呼称が使われることが増えている気がします)。本書には、上記の場所に大稲埕、艋舺、北投や淡水などを加えた、全36の老屋とスポットが登場します。
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 序文に「古い建物が消えてしまえば、後世がその土地の物語を知る手立てが失われてしまう。ひとつでも多くの建物を残すことが、すなわち私たちの文化の厚みを支えることになるのだ」と書いている通り、水瓶子さんの眼差しは、建築デザインや構造ではなく、建物に刻まれた歴史の物語に向けられます。

 たとえば、松山文創園区内にある閲楽書店。ここはかつて、松山煙草工場で働く人たちの託児所でした。木造の平屋なので、日本統治時代のものと思われがちですが、実際は戦後に建てられたものです。工場内には、ほかにも運動場や購買部が設置され、仕事がひけると、体を動かしたり、買物をしたりしてから子どもを迎えに行くという生活ができたといいます。水瓶子さん曰く、従業員の福利厚生を重視する工場だったそうです。しかし、こうした施設の大部分は、いまや台北大巨蛋(台北ドーム)に姿を変え、その記憶もまた失われつつあります。
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それぞれのスポットの扉は橘枳さんのイラストになっています

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松山文創園区内にある閲楽書店

 「臺北老屋」と銘打ってはいますが、水瓶子さんが目を留めるのは建物だけではありません。最初に登場するのは、なんと牛の銅像。台湾博物館前に鎮座する2頭の牛、実はかつて台湾神社(現在の円山大飯店)に別々に奉納されたものだそうです。それがめぐりめぐって博物館前にやってきた経緯がひも解かれます。
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 また、台湾総督別邸の跡地「南昌公園」や、清の時代に整備された水路「瑠公圳」、寧夏夜市近くのロータリー「建成円環」など、ガイドブックではなかなか紹介されないスポットにも光が当てられます。ここでも、層のように積み重なったそれぞれの歴史が語られます。
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左ページは開渠、右ページは暗渠となった水路


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建成円環の変遷

 タイトルにある「三生事」という言葉は、仏教用語で言うところの前生、今生、後生を指しているのでしょうかと、水瓶子さんに伺ってみました。すると「これは清、日本、中華民国それぞれの時代を指している」という答えが返ってきて、なるほど、と膝を打ちました。

 巻末に地図も収録。本書片手に台北の歴史散策に出かけられる日が待ち遠しいです。(K)

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◆水瓶子『臺北老屋 三生事』典藏文創 2020 

◆青田七六 https://www.qingtian76.tw/

◆水瓶子(すいへいし)
「青田七六」文化長、ライター。台北生まれ。台湾大学地質学部卒業。著書に『台北咖啡印象』『臺北小散歩』『我的書店時光』『台北歴史散歩手帖』『台北漫歩』など。