推理小説からSF小説まで幅広いジャンルで作品を残し、幻想的な作風が魅力の今でも根強いファンを持つ作家日影丈吉(1908-1991)。日影には、台湾を舞台にした作品が何作かあります。その代表作『応家の人々』(1961年)が2月下旬、中公文庫から復刊されました(文庫としては39年ぶり!)
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右・『応家の人々』日影丈吉(中公文庫/2021年)カバー写真は台南の神農街
左・『応家の人々』日影丈吉(徳間文庫/1982年)カバーコラージュは合田佐和子

物語の舞台は、昭和14年の日本統治下の台湾。台南の名家・応家出身の美女応氏珊希(坂西ユリ)は最初の夫を海難事故で亡くし、二番目の夫も何者かによって殺される。さらに彼女が原因と思われる毒殺事件が起こり――。不可解な事件を解明するため、久我中尉は坂西ユリが住む台南郊外の大耳降に向かう。そして謎を追うため、南の高雄、屏東へと足を運ぶ。

本作は「長編殺人ミステリ」です。なので、「なぜ彼らは殺されたのか」「どうやって殺されたのか」「はたして犯人は誰か」という謎解きが作品のカタルシスなのですが、本作のもうひとつの魅力は、なんといっても南国の熱気と湿気を孕んだ台湾の町や歴史風俗の描写です。

主人公たちが縦横無尽に町を移動する推理小説や探偵小説にとって、風景描写のリアリティは作品を読む醍醐味のひとつであり、読む者が作品世界に没入するための大事な要素でもあります。

そういった意味でも、本作の主役は台湾そのものと言っても過言ではなく、日影の微に入り細を穿つ筆致によって、台湾の風景が映像にように浮かんでくるのです。

台北駅前や大稲埕のにぎわい、大耳降(実際の当時の地名は大目降、現在の新化)の老街、様仔(マンゴー)の並木道、サトウキビ畑にバナナ畑、バシー海峡を眼下に望む恒春――。

ほかにも「南門の植物園の近くにあった私の宿舎」「総督府のそばの図書館」「台南州庁の風変りな建物の、白いポーチ」など、なんてことのない一言であっても、その立地や建物を知っているからこそ、風景が立体的に感じられるのです。

というのも、日影は昭和18年に陸軍近衛捜査連隊として台湾に赴任してから、昭和21年に復員するまでの間、台湾ほぼ全土に就いたと言われています。また、10代の頃に川端画学校で西洋画を学んだことが、台湾の亜熱帯特有の色鮮やかな花や植物などの風物描写に少なからず影響を与えたのではないかと思います。

そして日影はその職務柄、台湾の市井の人たちと交流があり、台湾語が話せたのではないかと推測されます。それを裏付けるように本作には、漢字(中国語)に台湾語と思われるルビがふられた単語が多数出てきます(たとえば「木瓜」(パパイヤ)には「ボックエ」、「脚白笋」(マコモダケ)には「カアペエスヌ」など)。言葉から台湾文化を知るという読み方ができるとは!

もちろんミステリ小説なので、最後の最後まで二転三転します(意外な結末には、台湾の伝統的なあるものが関わってきます)。

店員N、徳間文庫版読後の2016年3月、舞台となった新化を訪ねました。
新化地図
新化の案内板

今でも老街が残り、1934年竣工の新化街役場はリノベーションによってレストランに(ちょうど月曜日で定休日! ※写真を撮ったのですがどこかに……)。
新化老街2
日影丈吉の時代からあまり変わらない新化老街のファサード

台南からバスで30分ほど。台南に行かれた際にはぜひ、足を伸びしてみてください。
新化市場
新化の公設市場の様子

中公文庫からは昨年8月、佐藤春夫の台湾を舞台にした小説集(表題作は台南の安平を舞台にした幻想小説)『女誡扇綺譚』が刊行されており、また、邱永漢の『香港・濁水渓』も刊行予定とのこと。今後の台湾文学復刊シリーズ(?)に目が離せませんね。

(店員N)