『天亮之前的戀愛  日治台灣小說風景』(夜明け前の恋愛 日本統治時代の小説風景)は、20世紀始めから1940年代まで、日本統治時代の台湾作家たちの、当時置かれた環境や社会的立場、身の周りの状況を説明しながら、作品を解説・分析した文芸評論集。
 本書で言及される14人の作家とその作品を知っている人には、現代の小説家である著者の目線を通して、立体的な側面が見えてくるはず。また作家の名前しか知らない人には、これからどんな作品を読もうかと考えるとき、手掛かりになる参考書だろう。


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 戦後の厳しい時代に長い間封印され、光が当てられないまま眠っていた日本時代の台湾人作家とその作品は、1970年代になってやっと徐々に復刻され、刊行されてきた。しかしながら、激変した世に名を一般的に知られ、読まれるまでにはまだまだ長い道がある。

 本書の主な内容は、著者が2006年に新聞のコラムで連載した文章に加筆・修正したものをまとめたもの。第一章の「文明の香り」は、吳濁流、楊守愚、朱點人、王詩琅から始まる。時代は清朝の終わり、それまで漢文を教えていた「書院」は、日本語を教える新しい「公学校」にとって変わる。吳濁流『アジアの孤児』の主人公は公学校で石鹸の香りを知り、文明の生活の幕が開いた歴史の分岐点に立った。漢文を徐々に離れて、日本語を身につけた彼らは、自分がこのあと台北へ、上海へ、東京へ、遠くはパリへまで飛んでいくことを、この時はまだ想像もできなかっただろう。

 第二章「超人はどこに」では、頼和、蔡秋桐、張文環、楊逵を綴る。”台湾の文学”とはどんなありようか、植民地文学の道はどこへ向かうのか。台湾新文学運動が盛んになる1930年代、頼和はすでに福佬話(現在の台湾語)で、小説「一個同志的批信」(ある同志の手紙)を発表していた…。この時の文人たちにとって、自分の創作を日本の『中央公論』『文学評論』『文藝』『改造』などの文芸誌に投稿し、掲載されるのが大きな目標のひとつだった……。

 第三章「浪漫の挫折」は劉吶鷗、龍瑛宗、第四章「軛(くびき)を負う人」は呂赫若、鍾理和、葉石濤を中心に話を展開していく。日本女性との叶わない恋を描いたり、異民族、社会階級、家庭の苦境に悩む新しい中間階層の心の挫折など、人生、現実、社会問題を小説で問う作品が多く見られる。

 第五章の「童話2篇」は、本書刊行にあたり、新しく書き下ろした番外編と言える。本書のタイトル「天亮之前的戀愛」は、翁鬧が1937年に日本語で発表した小説「夜明け前の恋物語」の中文訳。翁鬧は太宰治とほぼ同じ年の生まれで、上京した時期も住んでいたエリア(荻窪と高円寺周辺)も近かった。この章では、まず太宰と翁鬧の性格や作品を比較しながら解説した後、次に翁鬧と邱妙津(『ある鰐の手記』著者)を対照し、2人が創作した年齢と時間、特徴を分析していく。邱妙津と同世代で若きで注目された作家である著者ならではの観察と洞見が窺える。私も実は第五章から読み始め、内容に没入し、遡って前に読み進んだ。

 台湾の小説家は100年前から言語の変換と文体の模索を始め、1940年代までにやっとひとつの形を作った。成熟というところまでにはたどり着かなかったが、作家たちは、環境が過酷な中で、それぞれ闇夜に潜り、情熱をもって文学と向き合った。創作人生は激しい恋と例えてもおかしくない。彼らの多くが、結局、夜明けを待ちあぐね、理解されないまま消えていったこはとても無念だ。ほぼ一世紀後のいま、このような形で著者と読者に再発見され、再認識されたことは感慨深い。日本文学にも台湾文学にも詳しく、小説家でもある著者の筆力だからこその滋味ある文集。

(エリー店長)


頼香吟
作家、小説家、評論家。台南人。聯合文学小説新人賞、呉濁流文学賞、九歌年度小説賞、台湾文学金典賞などを受賞歴多数。作品は『文青之死』『其後それから』『史前生活』『霧中風景』など。現在ベルリン在住。

書籍情報
『天亮之前的戀愛  日治台灣小說風景』
作者:賴香吟
出版社:印刻
2019年3月刊行